“紫陽花なないろ”
3
気温も上がったり下がったりと日々せわしく、
他では記録的な降りようらしいが、
関東地方でははっきりしない空模様の続く梅雨時分。
先月の頭に、ご町内の皆様と工場見学に出かけたくらいで、
特に何というトピックスもないまま、
それでも、そんなだからこその
くすぐったいようなささやかな幸いに包まれて過ごしていた
最聖のお二人で。
今日も今日とて、
日々の日課でもあるお買い物に出かけたり、
同居中のフラットへ戻れば、
食事の下ごしらえでもと構えたり、
やはりやはり、
昨日と変わり映えのしない過ごしようをしていたはずが…
『…もしかして我に返っちゃった?』
空耳かと思えたほどに、
単調な声でそうと問うたヨシュア様。
てっきり甘えてきたものかと思ったら、
全く逆の何かしら、怯えたり考えあぐねたりした末の一大決心を、
覚悟の上でご披露くださった彼であったらしく。
心細げに、でも…真剣なればこその冴えた眼差しでこちらを見つめ。
そんな言いようをぽそりと紡ぐ神の子様で。
“イエス…?”
大切なお互いをこうまで間近に抱きしめ合っているというに、
甘さなぞ欠片も浮かべぬ、何とも厳しいお顔のまま、
『こんなことやっぱりいけないと我に返ってしまって、でも、
私にどう切り出したらいいか、判らなくて困ってた?』
『ちょっ…何言ってるの、イエス?』
ますますととんでもないことを連ねるイエスだったものだから、
ブッダの側としては唖然呆然。
思いも拠らぬとは正にこのこと、
何てことを言いだすのかと、驚きもって見上げた伴侶様の表情は、
だがだが、とてもじゃあないが、
そのまま“なんちゃってvv”なんて笑ってくれそうな様子でもなく、
真剣真摯なそれであり。
「それとも、イエスってやっぱ子供だなぁって気が付いて、
相手になるのが苦痛になっちゃったとか…」
「イエス?!」
よほどに、考えて考えて辿り着いたことなのか、
玻璃色の双眸を哀しそうに眇めたイエスを見上げ。
何でどうして、何からどんな誤解を抱えてしてしまい、
一体どこへ向かって暴走中の彼なのかと、
こちらはこちらで、一向に覚えのないことだったため、
ともすればおろおろと浮き足立ってしまったブッダだったのだけれども。
“あ……。”
ふと…気が付いたことがあり、
その清かな白い手を伏せたのは自身の胸元で。
何が何だかという狼狽えから、
不意にはっとして見せたその気配の変化、イエスの側にはどう映ったか。
“やっぱりそうなんだ。”
聡明透徹、懐ろの尋もずんと深い、
そんな如来の慈悲をようよう知っておればこそ。
仏門の開祖である尊い人なればこそ、
何が正しいか、何を優先すべきかを見失うことのない彼が、
だがだが、それを実行に移せないとしたら。
ブッダの側の混乱というどさくさ紛れだったとはいえ、
えいっと思い切って積年の片恋を告白したイエスの、
もはや後戻りはできぬ立場のようなもの、
最優先で慮ってくれてのことではなかろうか。
「私はとことん察しが悪くて、
君は君で我慢強くて。
嘘をつくのはよくないとするキミだけど、
誰かを庇うためならば心を鎧って覆い隠すことも苦ではない人で。」
愛しい対象、でも今は、
自分にばかり苦衷を集める彼だと思い出してしまったから。
相変わらずに庇われて、
その挙句に悩ませているなんて情けないじゃないか。
それはそれは奮起した上で、
どんなおっかない答えが返ってくるのへも踏ん張れるぞと、
…内心ではガクブル震えてないこともないままに(笑)
思い切って当たって砕けろ、絶賛実行中だったりするらしく。
「だから…こんなことを胸張って言うのは順番がおかしいのかもだけど。
私、言ってくれなきゃ判らないから。
キミがまさかまさか私を好きになってくれたことにだって、
もうちょっとで大きく勘違いしたまま取りこぼしてたかもだったくらいで。
だから、あの…あの、だから、あのね?///////」
お、失速してきたのかなと、
冷静知的な如来様モードだったなら、
あっさり気がつけただろう、判りやすい言いよどみようだったが。
「あ、あの…。///////」
こちらもまた、ある意味で虚を突かれての混乱中。
いきなり唐突な言いようを繰り出してきたイエスへ、
何でどうしてと多きに困惑していたブッダだが、
「だって晩は ちうしたらそのまますぐに寝入っちゃうし、
避けられてるのかと思えばそうではなくて、
さっきもそうだったけど、妙に心ここにあらずだったりもするし。」
「あ、えと…。//////」
嫌になったのなら言ってほしいと、
イエスとしてはその最後通牒を言えないブッダなのではないかと、
そこを恐れつつも、言えないなら言いやすいようにしてあげようと構えたらしく。
「キミってば…もうもうもう。///////」
そうと構えたらしいのに、
でもでもそれをすぱりと言われたらきっと
終末まで立ち直れないかもしれないの、見るからに悟らせるほど、
こちらの二の腕を掴まえている手が震え始めていて。
「…ごめんね。」
ぽつりと聞こえた小さな声に、
いよいよかと思ったか。
「……っ。」
苦手な注射を我慢する幼子のように、
ぎゅうっと両の瞼を食いしばったイエスだったのだけれども。
「私こそ、キミがやさしいことへ甘えてた。」
「…はい?」
え?今なんて言いましたか?と。
想定外な文言へ、翻訳機能が空振ったみたいなの自覚して、
思わず双眸を開いてみれば。
確かに 隠しごとが露見したかという項垂れた様子だったものの、
こちらへと上がってきた深瑠璃色の双眸は、
お別れを告げねばならぬという悲哀より、
何へかの強い強い含羞みに、
眼のふちを真っ赤に染めているそりゃあ愛らしい代物で。
「え? ブ、ブッダ?」
何でキミ、そんなお顔になってるの?と、
ますますと状況が掴めないらしいヨシュア様。
困っているのは間違いないのへ、それは的確に反応し、
目許の紅色が頬にまで広がりつつある伴侶様を、
どうどうと宥めるように抱きすくめれば、
ふさあ…っ、と
間一髪で掴まえ損ねた鮮やかな蝶々のように、
イエスの長い腕の上を覆いてあふれたは、
絹糸もかくやというなめらかさの、長くて豊かな深色の髪。
釈迦牟尼様の聡明さや沈着冷静さあってこその“螺髪”がほどけたほどに、
それは大きく動揺していることは明らかで。
うつむいてしまうとその髪も頬をすべり落ち、
麗しのご尊顔を隠してしまうのだけれども、
「ぶっだ…?」
一体どうしたのかと、重ねて訊こうとしたイエスの声に重なったのは、
「私の困惑や何や、
ここへと伝わってたから気がついたんじゃないのでしょう?」
それこそさっきのイエスのような、ちょっとかすれて自信のなさげな震え声。
そんな頼りない声で問うたブッダが、そっと手を伸ばして触れたのは、
すぐ目の前になったイエスの胸元、
鎖骨のくぼみから少し降りた辺りの真ん真ん中であり。
「? えと、うん。」
自分でも口にしたその通り、察しがお悪いイエス様。
この言いようでぴんと来ないから、
あるいはブッダも、諦め悪く…というか往生際悪くも
まだ気づかれていないならと黙り通してしまったのかもしれぬこと。
こうまで切羽詰っても、まだちょっと気後れがするのだろう、
ためらいに手が凍りかかっているの、何とか励まして引きはがすと。
今度は再び自分の胸元に触れてから、
両手を持ち上げ、Tシャツの襟元まで持ってゆき、きれいな所作で掬い上げたのは、
「あ…。」
白い肌目に溶け込むように馴染んでた、細く細かい鎖の銀の色。
何て意識はしてないのだろうに、
お行儀がいい、品のある所作なのが、妙に色香を孕んでも見えて。
いつものイエスならワケもなくドキドキしてしまう仕草だったれど、
今はそれどころじゃあない、
ここに来てやっと、ブッダが何を言いたかったかが判ったものだから。
「……ぶっだ。////////」
自分の鈍感さが申し訳ないやら、
彼の真っ新で純真な誠実さに対して、
失礼ながら…そのくらいのことでと思ってしまった自分が罪深いなと自覚したやら。
というのも、
ブッダがTシャツの内から
引っ張り出した銀のチェーンの先には、
あの、お揃いのリングが
下がってはいなかったのだから。
BACK/NEXT →
*長々かかっておりますが、
つまりはそれで様子がおかしかった
ブッダ様だというお話です。
隠しごと、
イエス様よりは上手だったブッダ様なのか、
それともイエス様が鈍感だったのか。
まだまだごちゃごちゃは続きますが、
今日はここまで。すいません。
めーるふぉーむvv
掲示板&拍手レス

|